去る2/22、イラクのサマラにある、第11代イマームのハッサン・アル・アスカリの聖廟が破壊されてしまいました。イラク人たちのBLOGをいくつか読んでみると、「シーア派にとっても、スンニ派にとっても、イラク国民にとっても、イスラム教徒にとっても、そして全人類にとっても、かけがえのないものが無残な姿になってしまった」ということを書いていました。
 
21世紀に入ってすぐ、アフガニスタンのバーミヤンの磨崖仏が爆破される瞬間を映像で見せつけられて、仏教にゆかりの深い日本に住む一人としてずいぶんやりきれない思いをしたものでしたが、また同じようなことが起きたことにまったくやりきれない思いです。日にちが少々経ってしまったけれど、どうしても何かここに記しておきたくなりまして。
 
その、アスカリ聖廟のモスクの金色のドームが破壊された様子を写した画像が、しばらく前までは検索をかけると幾つも出てきましたのに、今日になると報道サイトの記事がずいぶん削除されていたりして、見ることが難しくなっていることが不気味な感じもします。念のため、事件を伝える映像はこちら(WMP用、いつまで見られるかわかりませんが)。
 
情報を求めてネット上を彷徨ううちに、イラク戦争前にかの国を旅行した方のサイトが出てきました。イラクの普通の人々の、明日を信じることのできる普段の暮らしはこんな様子だったのか、ここに写っている人々のうち、何人かは戦争に巻き込まれて命を落としてしまったかもしれない、早く彼らに以前のような暮らしを取り戻してほしいと願わずにはいられませんでした。このサイトに、爆破されたアスカリ聖廟のかつての美しい姿が写っていました。一度、こちらをクリックしてみて下さいませ。
 
人々の命や暮らしのみならず、文化財までも破壊することが、いったいどれほどの説得力があることなのか、後世の人々に対して、どんな申し開きをするつもりなのか、戦争や紛争の混乱のうちにあるとはいえ、何か他の考え方はできなかったのかと、誰がやったかということに加えて、普通のムスリムなら考えもしないと思われるような事件が起きたことに、何か異教徒の影があるのではないか、などと勘ぐりたくなります。宗派間の対立を煽り、内乱状態になれば、いちばん喜ぶのは誰なのか。
 
熱心な信仰を何百年もの間あつめてきたものを一瞬のうちに破壊してしまうことも、そういう事件に無関心を決め込むことも、そして、ヨーロッパなどの新聞に掲載されたムハンマドの風刺画を面白がる態度も、まるで人間の思いや情念を平気で踏みつけにする行為のようで、感心できませんが、いかがなものでしょう。

 
※ 細井明実さんのBLOG「日めくり」の、2/27付けの記事「サマッラの爆破に関連して」に、アル・バスラネットの記事の翻訳が掲載されていました。(ここから~)
 
アル・バスラネットでは、このニュースを以下のように報道している。

シーア派第十代イマームのアリー・アル・ハーディー聖廟の黄金ドームを爆破したのは、イラク警察が逮捕したイラン人二人だが、イラクのスーラーグ内相が現場に到着した直後に二人の釈放が命じられた。この場面をアル・アラビーヤ衛星テレビ局の女性キャスターのアトワール・バハジャットさんたちスタッフが撮影したが、撮影後危険を感じ北のドール方向に逃亡した。

 だが特殊部隊など内相の追っ手がドールに到着し、かろうじて逃げ出せた一人を残して取材スタッフ全員が殺害され、撮影済みのビデオテープは押収された。この殺害場面を家の中から目撃していた複数の女性が拘束された。地域住民が報道陣に証言しないようにとの脅しだ。

 聖廟爆破でイラン人が果たした役割を知っている虐殺現場から逃げ出したテレビ局員が真実を暴露する前に捜索して殺害するために、ドールは現在包囲されている。(~ここまで)

真相は??


この爆破事件以来のイラクで、「1300人以上が死亡」したと伝えられています。2/28 12:48現在の毎日新聞の記事を全文掲載します。(ここから~)

イラク:1300人以上が死亡 聖廟爆破後の衝突で

 米紙ワシントン・ポスト(電子版)は27日、イラク中部サマラで22日起きたイスラム教シーア派聖廟(せいびょう)の爆破事件以降の衝突でイラク人1300人以上が死亡したと伝えた。バグダッドの遺体安置所当局者の話としている。

 

 同紙はこれまでの米軍発表やメディア報道の3倍以上に当たると報じている。事実とすれば、シーア派とスンニ派の衝突は内戦状態に達している公算が大きい。

 

 同紙によると、バグダッドの遺体安置所には27日昼の段階で数百人の遺体が安置され、遺族らによるとシーア派の反米指導者サドル師派の民兵がスンニ派住民を拉致して殺害しているという。(ワシントン共同)

毎日新聞 2006年2月28日 12時48分 (~ここまで)


イラクの人々へ、水を届けるためのクリック募金がある、ということを紹介したBLOGを見つけました。クリックするだけで募金ができ、お金はかかりません。
 
何はともあれ、まずそのクリック募金の海外サイトのURLです:
 
 
スウェーデンのサイトで、2004年4月5に開設され、すでにこういう活動がなされたようです。(ここから~)
On 17 November the ICRC began trucking drinking water to a camp near A’anah, for some 400 displaced families who recently fled their homes as a result of continuing military operations in western Iraq. Pureaqua supports this project now to secure the water access for thoes families.
 
Main sponsor: Payson.se
 
Project Progress: 100.0% (~ここまで)
 
次に、このクリック募金を紹介しているBLOGと、1/26付けの記事全文です: 

 
イラクの人々への援助のためのクリック募金を初めて見つけました・・・!!
海外のサイトですが、クリックするだけで無料で募金が出来ます。
イラクへの攻撃以来、破壊されたインフラのために、水の不足や水質の悪化で命がつねにおびやかされているイラクの人々へ、きれいな水を届けるための募金です。
去年の夏には、米軍機が浄水場を空爆したために、街の全域で水がストップしてしまい、多くの人々が水不足に苦しみました。そのことによる死者を減らすことに精一杯でした。
イラク戦争後、イラクでは子ども達が質の悪い水により、感染症にかかり、助かるはずの病気で多くの子ども達が命を落とし続けています。
空爆による街の破壊で、劣悪な環境になってしまい、感染症が子ども達の致死率を大きく増大させています。
今回のイラクの人々への安全な水のための募金は、とっても貴重なものだと思います。
皆さん、ぜひ毎日クリックして、広く広めて下さい。
ちなみに、自衛隊は基地を囲む“安全のための” 巨大な壁のすぐ傍でイラクの子どもが劣悪な水で重病になっている状況下、毎日全員の風呂のために大量の水を沸かしています。
自衛隊1人につき何億もの滞在費がかかっており、それをNGOなどの医療支援に使えば、ほとんどの子ども達が救われます。
自衛隊にかかる費用全額で、イラク全土に安全な水がとっくに供給されているのです。
パキスタン地震でも、自衛隊は現地で最も高級なホテルに泊まり、結局1人も救出できずに帰りました。
軍隊による人道支援というものは、とても無駄があり、NGOなど、支援のエキスパートへ寄付をすることが最も効率的なのは当然のことなのです。
イラクでは、各国の駐留軍が食料を毎日大量に買うので、イラク人が食べる食料がなくなっていっていて、飢えているそうです。(~ここまで)

 
 


今日10/5に、ラマダン(断食月)に入るムスリム諸国が多いようです。
 
"Happy Ramadan!"
 
と(本来はアラビア語で)挨拶をするんですね。
 
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と、元はひとつの宗教の、預言者を名乗る人物(イエス・キリスト、ムハンマド)が起こした改革を元に派生した新興宗教だったはずで、もともとのユダヤ教は、一日の始まりを日没においていました。それに関連して、キリスト教には、「前夜祭」を祝う習慣が今も残っていますね。クリスマスのイヴを祝ったり、「万聖節」のイヴであるハロウィーンにお祭りをしたりなど。
 
ラマダンは、日の出から日没まで、飲食をしないだけでなく、タバコもダメ、敬虔な信者は唾液を飲み込むこともダメだそうです。そして、この約ひと月間は何事につけて「慎む」のだそうで、夫婦生活もダメだそう。
 
日没の祈りの言葉が合図としてモスクから流れると、さあ!というわけで、家族がひとつの食卓を囲んで、いつもよりも腕によりを掛けて作った(ということが行われるよう)食事をするのだそう。飲食は、翌日の明け方の、モスクからの祈りが聞こえるまではいいのだそう。
 
ラマダンについて、アル・ジャジーラ英語版の "Ramadan begins for world’s Muslims" によれば、各国の宗教指導者により、今年、ヒジュラ暦1426年は10/4に新月のあと、最初の三日月が観測されたので、サウジ・アラビア、クウェート、カタール、アラブ首長国連邦、バーレーン、パレスチナ、ヨルダン、エジプト、イラクがラマダン月に入ったとのこと。エルサレムでは、火曜日から。実際に月を観測して決めるという伝統は今も。イスラム暦は太陰暦ですから、それぞれの月が同じ季節に始まるわけではないので、ラマダンが夏場だと、水も飲めないのが相当に辛いようです。「今年」は秋に始まって、まあ良かったという人も多いかも。

 

それにしても、米軍はこのイスラム教の聖なる月の始まりに、前回と同じような攻撃を始めたと報道されています。アンバール州のハディーサ周辺に、2500人の米兵による「掃討作戦」を開始したのだそう(BBCの関連記事)。1日からはアル・カイムなど二つの町でも攻撃を始めている( 朝日新聞の関連記事)といいます。

 

去る2004年11月16日に始まったファルージャへの総攻撃も、イスラム(ヒジュラ)暦1425年のラマダン月が15日に始まったのに合わせるかのように始められたことが思い出されます。ファルージャは廃墟のようになり、多数の民間人が無差別に殺害されました。

 

イラクの人々の暮らしや習慣に何の配慮も示さないこのような「作戦」が、イラクの「民主化」にどんな利益をもたらすというのでしょう。即刻の停戦を求めます。あわせて、民間人の犠牲者を出さないよう訴えるものです。 

 


Al-Jazeera の 英語版にあったアニメです。

アニメ ご覧になる方は、静かに眺めていて下さいな。

ウズベキスタン、大きな文字のイラク、同じくパレスチナ、そして、特大のカシミール、そしてボスニア。

タイトルが、The reality of human rights 、落ちにある単語の agenda は、辞書的な意味としては「協議事項,議事日程; 予定表」などと出てまいります。

アラブ・イスラム圏の人々の「大国」に対する不信感は相当に根強いものがあるようです。


福岡地方を中心とする地震にあわれた皆様にお見舞い申し上げます。

4/21は、イスラム教の開祖、ムハンマド(モハメット)の誕生日だというんですけれど、早い話、これが国によってバラバラで、ざっと見たところでは、4/21と5/3とするところが多いんですが、他にも4/22や、5/2、5/7、5/13、六月になってから、という国もありました。

イスラム歴は太陰暦ですから、その第3月(ラビー・アル・アウワル月)の12日という決まり方は、年によっては夏のことも、冬のこともあり得るわけですが。

ともかくも、彼が、西暦570年ごろに生まれたときには、父アブドッラーはすでに亡くなっていて、母アーミナはムハンマドの祖父アブド・アル・ムッタリブのところに身を寄せ、この祖父が現サウジアラビアのメッカにあるカーバ神殿に入り、祈りを捧げてムハンマドと名付けた、ということになっているようです。この祖父と、伯父のアブ―・ターリブの庇護によって、ムハンマドは成長したのでした。

預言者ムハンマドの全名は、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ・イブン・アブドゥルムッタリブ(Muhammad ibn ‘abdullah ibn ‘abd al-Muttalib)だそうで、「イブン」というのは「息子」という意味で、アラブ式の名前は、最初が名前、次が父親の名前、その次が祖父の名前…と順次つなげていくのだそうですね。

聖霊によって身ごもったとか、母のわきから生まれたというような伝説的な話にはなっていないようです。

かれは、クライシュ族のハーシム家に生まれたのだそうで、このハーシム家というのは、現ヨルダンの王家の祖先でもあり、イギリスの植民地であったイラクが独立後、サダム・フセイン元大統領が政権を握るまでの1921-58に在位した王様もこのハーシム家の子孫だったそうです。広いアラビア国家を作ったアッバース朝もこの家系から出たとのことでした。

で、この誕生を祝う催しや祭礼が各国で行われるのですが、その内容がアル・クルアーン(コーラン)やハディースによるものではないし、非イスラム的な要素を含むからというので、反イスラム的行為と見る厳格論もあり、預言者生誕祭を祝わない宗派もあるのだそうです。

「アル・クルアーン」:アッラーの神が、ムハンマドに語ったとされる啓示を編纂したもの。

「ハディース」:ムハンマド自身が日常生活の中で語った言葉をまとめた言行録。


「平和」「平安」という意味の言葉で、両方とも「こんにちは」「さようなら」などの挨拶にも使われています。サラームはアラビア語、シャロームはヘブライ語・ユダヤ人の言語。おもわずこの、兄弟のように似たふたつの言葉を思い出すような出来事があったのです。双方の言語は、文字は違いますが右から左に書くのです。
 
パレスチナとイスラエルのミュージシャンが一緒に歌った歌が、両国のラジオで放送されたというニュースを確か日曜日に見たのだけれど、ネットでは見かけなかったのが気になっていたのです。報道の記事にやっと行き当たりました。
 
今日、あちこち飛び歩くうちにリンクをたどって、こういう記事も見つけたのですよ。アメリカ人リチャード・シルヴァーステイン氏のBLOG、Richard Silverstein "Tikun Olam-("Tikun Olam" のヘブライ語表記): Make the World a Better Place"
 
3/24のかれの記事 David Broza & Wisam Murad to Sing for Peace on Israeli & Palestinian Radio に、それぞれのミュージシャンのプロフィールへのリンク、放映されたビデオ・ファイルへのリンク、ヘブライ語部分の英訳などがありますので、ご覧下さいな。
 
David Broza は、イスラエルのポップ・ミュージックのスターだそうです。
Wisam Murad は、パレスチナの「サブリーン」というミュージック・グループの創設者だそうです。
 
この二人が一緒に書き、デュエットしている曲のタイトルは、"In My Heart"  (WMP用です。)
 
3/27の日曜日、イスラエル及びパレスチナ時間の10:10に、ヘブライ語で歌うデーヴィッド・ブローザがパレスチナのラジオ局Voice of Palestineで、アラビア語で歌うウィザム・ムラッドがイスラエルのラジオ局Galey Tzahalで、同時に放送されたのですね。
 テロ事件が報道され敵対する過激派のイメージが非常に強い両国ですが、和平を、対話を望み、暴力は何も解決しないという考えを持つ人々が互いに様々な働きかけをし、活動しているのですね。

自分の選択で

2005/03/04


イギリスで、ムスリムの少女が自らの信仰にのっとった服装で授業を受けることができる、という判決が出た。英控訴裁、学校でのイスラム服禁止は人権侵害と判断  CNN/AP

海峡を隔てたフランスでは、宗教を教育の場に持ち込んではいけないとかなんとかいう口実で、ムスリムの少女達が髪を覆って登校してはいけないとかいう法律ができてしまい、イスラム諸国の特に女性たちからかなりの反発を食らっている。さっそく "Le Monde" 紙が記事を書いていた。 この記事の中で、 Jean-Pierre Langellier 氏は「良識的な」判決だ、とイギリスのムスリムたちは思うだろう、などと。

自分たちの生活は、アッラーの神の言葉によるコーラン(アルクルアーン)によって規定されているのではなく、あくまでもコーランに書かれていることを守るのは信仰のある自分自身だという主張をムスリム各国の女性たちが、このフランスの法律ができたときに抗議の集会やデモなどで、プラカードに書いていたことを思い出す。コーランや宗教によって強制されたのではなく「自らが信仰のためにかかる服装をするのだから、個人の権利・自由だ」という言い分で、「人権の国フランスはなぜこんな法律を作ったのか」という抗議だった。フランスでは、髪を覆うことが許されないならば、と、抗議して髪をほとんどスキン・ヘッドくらいに切ってしまった少女もいた。

イスラム教徒の女性は、手首まで、足首までをゆったりとした衣服で覆い、特に既婚女性は各国様々な色と呼び名のある布をかぶる。目だけ出して顔を覆うのは、国によっては法律で禁止されていたりもする。そして、髪を覆う。かつて日本政府の要人としてイスラム圏の国々へ出かけた女性が、前髪を出してスカーフをかぶっていたが、髪を隠すのが本来で、「男性が、女性の髪の毛を見るとあらぬ気を起こすからだ」ということらしい。自らの身を守るために、かぶっているというわけ。そして、その被り物を取ってもいいのは、女性ばかりのときのほかは、心を許した男性の前、ということは、現実的には配偶者の前だけということになるだろう。 

チェチェンの言葉による初めての戯曲の中で、婚約者が紛争に巻き込まれて亡くなったお通夜の場面で、女友達と二人きりになり、彼氏のなきがらを前にして残された彼女は、被り物をとる。曰く「天国で彼が私の髪を見ることができるように」。ムスリムの女性たちにとって、被り物を取ることはこれほどの意味を持っている。

宗教(宗教と教育)分離を優先するフランスなのか、個人を優先するイギリスなのか。ただの文化摩擦か、ムスリムに対する根強い差別意識か。